長野地方裁判所諏訪支部 昭和27年(タ)2号 判決
原告 青木順子
被告 青木禎一郎
一、主 文
被告と原告とを離婚する。
被告は原告に対し金六万円を支払うべし。
原告のその余の請求はこれを棄却する。
被告は原告に対し別紙目録<省略>記載の物件を引渡すべし。
訴訟費用はこれを参分し、その弍を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
本判決中第二項及び第四項につき原告に於て金弍万円を供託するときは仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告と原告とを離婚する、被告は原告に対し慰藉料金十五万円を支払うべし、被告は原告に対し別紙目録記載の物件を引渡すべしとの判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、
第一、(い) 原告は東筑摩郡片丘村米久保資守の四女で、十七歳の時松本市立高等女学校を卒業してから農業の手伝をしていた者、被告は元飛行将校で、戦後上京して古物商の免許を受け、家屋売買の仲介を営んでいた者であるところ、原告は昭和二十五年二月十六日下諏訪町下の原訴外中村光幸の媒酌により、被告と結婚式を挙げ、爾来同棲し、同年五月十二日右婚姻届出をした。
(ろ) 原告は挙式後十日位して被告と共に上京し、被告の妻として忠実に家庭を守り、誠意を尽してきたが、被告は間もなく酒乱の性癖を顕し、原告を殴打し、足蹴にし、まるで奴隷同様に酷使したが、原告は夫のためと思い堪え忍んできた。しかし原告は被告の右残酷な仕打のため、毎晩泣き悲しみ、精神的、肉体的打撃を受けて衰弱の一途を辿つた。而して、原告が被告から受けた暴行虐待は、枚挙に遑がないが、その一例を示すと次の通りである。
1. 昭和二十五年九月頃東京都豊島区巣鴨六の一、三一七番地の居宅で蹴飛ばされ、花桶を投げつけられて前歯から出血した。
2. 同年七月頃同所に於て殴打され眼部に打撲傷を負つた。
3. 同年八月頃同所に於て殴打され、手足に負傷した。
4. 同年九月頃同所に於て花鋏を投げつけられ、脛に傷を負つた。
5. 同年十月頃同所に於て眼部を殴られ、打撲傷を負つた。
6. 殊に、原告は被告の暴行のため、同年八月、十一月の二回に交番に救いを求めて逃げ込んだことがある。
(は) 原告は被告の暴行虐待に堪えかねて、昭和二十五年十二月十九日東筑摩郡片丘村の実家に帰つたところ、被告は驚き、原告を迎えにきてその非を詫び、原告の両親にも、今後は絶体に乱暴しないと誓つたので、原告は前記媒酌人を証人として再び被告方に帰つたが、被告は、その後も、依然、酒乱甚しく、昭和二十六年一月頃殴打され、原告は附近の交番に逃げ込んだ。同年四月頃岡谷市の被告方へ帰つた際、被告から鉄管を投げつけられ、股部に打撲傷を負つたのみならず、重なる被告の暴行虐待に堪えかねて、再び同年五月十日実家に帰つた。
第二、原告は以上の被告の暴行虐待に因り、被告との婚姻を継続することはできないので離婚する外に途がない。その責任は総て被告にある。原告は、この離婚に因り精神上の苦痛は甚大であるから、その慰藉料として金十五万円を要求する。
第三、原告は被告との婚姻の際、持参した別紙目録記載の物件は、原告の所有で被告が現に保管しているから、これが引渡を請求する。
第四、<立証省略>
被告訴訟代理人は、
第一、訴訟上の抗弁として、原告は本件離婚の訴に、物件引渡の訴をも併合しているが、人事訴訟手続法第七条の規定から右物件の引渡請求はできない旨異議を述べ、
第二、本案につき原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として原告主張事実中第一の(い)の点は認めるけれども他は総て争う。即ち、
(い) 原告は被告から暴行されて、交番に救いを求めたと言うが、原告は懇意の巡査があり、右巡査に相談したにすぎない。被告の暴行に因り原告の前歯が動くようになつたと言うが、原告は、結婚前から、相当重い歯槽膿漏の病気があり、そのため歯が動いていたのである。
(ろ) 原告は貞淑の妻のように言うが、昭和二十五年八月中被告が原告と飲酒中、酒の追加を要求したことから互に口論となり、原告は被告に空ビンを投げつけ、被告の左手を引かき噛みついたことがある。被告が体を悪くして臥病中、原告に煙草を持つてくるよう頼んだところ、原告は聴入れず、口争の上、臥ていた被告の頭を蹴飛した。
(は) 原告は、被告から奴隷的待遇を受けたと言うが、上京当時の四ケ月位は、原告は仕事らしい仕事をせず、週二日の休みは殆んど、映画、野球、都内の見物等についやし、その後も、服装、行楽に何の不満はなかつた。殊に、原告の希望で生花商をやめ、帰国するまでの間、東京都内は勿論、横須賀、鎌倉、逗子、その他を見物した。
(に) 原告は、被告から故なく暴行されたように言うが、原告は、怠惰、我侭で妻としての務を尽さなかつたから、被告は夫として、やむを得ず叱責したのにすぎない。即ち、
1. 昭和二十五年二月二十三日被告は、原告と共に上京し、約四ケ月間、不動産の売買仲介業を経営したが、仕事の関係上、外出することが多く、昼時に帰宅できないが、さりとて、外食しては不経済となるから、都合のよい時に帰宅して食事のできるように頼んで置いても、何時帰つても食事の準備ができていない。被告が衣服のほころび、ボタン付等修理を頼んでも、原告はこれに応じない。被告は、昭和二十五年六月原告の希望により、原告が独力で生花商を経営することに同意したが、やつて見ると、原告の夢想した程上品且安楽なものでないため、原告は、忽ち、右商売の熱意を失い、投げ出して、被告に委せるので、被告は、今迄の仲介業をやめて花屋に転業をするの巳むなきに至つた。被告が花屋に専業するようになつてから、原告は益々右商売に不熱心となり、被告の注意にも拘らず、花の手入れを怠り客の応待に不親切で、又手にひびが切れると、こんな積りで嫁に来たのでないと、被告に不平を言い、更に昭和二十五年十月被告が花の仕入に出た留守中、原告は店をあけて、近くの飲食店で酔客を相手に飲酒していたが、被告が店内の花が夕陽を受けて萎れているのを注意するや、原告は酔余、口答をするので被告は女給的態度を不快に思い、原告の顔部を殴打したが、傷まで負わしたことはない。その後原被告は、岡谷市の被告の父母方へ帰つたが、父母と同居中、原告は、一日と雖も、病弱の被告の母より先に起きたことがなく、亦、進んで仕事をする心持もなかつた。更に、被告の父は豚を飼養していたが、原告は、その世話を一度もしたことがない。
2. 原告は、その実家から葬儀の通知がきた時、或は農事の手伝のため実家へ行く時等は、これから行くと一方的に被告に通告する非協和的状態であり、又、昭和二十五年四月被告は原告と共に外出の途中、商売上関係ある者と出会し、用談中原告は僅か十分か十五分が待てず、勝手に被告の書類入鞄を持つたまま友人方へ遊びに行つてしまう有様で、被告は用事のできないことがあつた。
3. 原告は在京当時、時々、被告の実家へ帰つたが、その際自分から先に、父母に挨拶をしたことがない。又被告の母から買物の依頼を受けて代金を預つても、その釣銭を返したことがない。
要するに原被告間の不和は、原告の怠惰と我侭、妻らしく夫に協和しないところに原因がある。
第三、原告は被告との結婚で物質的損害を蒙つたと主張するが、結婚挙式の費用中、原告側で負担すべきものまでも被告側で相当負担した。被告は上京後原告の希望のままに、洋服、雨着、雨靴、皮鞄、皮靴その他約三万円を買与えた。これ等の費用及び前記行楽見物等の経費は大部分を被告の貯金から負担した。
また、原告は精神的苦痛を受けたと言うが、被告は結婚以来、原告を教育し、精神的に又経済的に理想の家庭を築くことに努力したが、原告の前記の通りの性格のため失敗し、更に莫大な失費をして、殆んど回復できない、その精神的苦痛は原告のそれに劣らない。
第四、原告主張の別紙目録記載の物件は、原告が婚姻の際持参した物で、現在被告に於て総て保管をしている。
第五、<立証省略>
三、理 由
第一、離婚
甲第一号証(戸籍謄本)、成立に争いない同第二号証、証人岡本矩子、同米久保富雄、同米久保かつゑ及び原告本人の各供述と被告本人の供述の一部とを綜合すると、原告は、被告と訴外中村光幸の媒酌により、昭和二十五年二月十六日結婚式を挙げて東京都内で同棲し、同年五月十二日右婚姻の届出をしたものである処、被告は、生来の粗暴、短気に加えて飲酒酩酊して酒乱状態を、間もなく露呈するに至つたため、原告は当初に描いた新婚の夢に破れて、被告に対し期待を失い、夫婦生活は俄に冷かとなつた結果、被告はこれに不満を懐き、しばしば深夜泥酔して帰宅し、些細の事に構えて、原告を怒鳴り殴打し、或は、物を投げつける等原告主張のような暴行傷害が敢行されたため(この点につき、原告の請求原因中第一の(ろ)の記載を援用する)原告は、被告の斯る虐待に耐えかねて、昭和二十五年十二月十九日東筑摩郡片丘村の実家へ逃げ帰つたが、前記媒酌人や家族のあつせんがあり、亦、被告も向後絶対に乱暴な振舞をしないことを誓約したので、再び、被告の許へ上京して同棲を続けた。しかし、被告の粗暴な行為はその後においても改まらないので周囲の人々の勧告に依り、原被告が夫婦だけで暮すより、父母と同居すれば、被告の乱暴が改まるものと、それを唯一の期待にして、昭和二十六年四月東京を引揚げて、被告の実家である岡谷市へ帰つたのであるが、被告の乱暴な振舞は依然として改まらず、原告を虐待し続けたため、原告は遂に被告との離婚を決意して、同年五月十日頃再び実家へ帰つたことが認められる。
扨て、原被告間の夫婦生活における右破綻の生じたのは、原被告互の性格の相違又は愛情の欠如に因ると言うより、被告の性格の粗暴、短気及び酒乱に依る暴行に起因するものと言うべき処、新憲法における両性の本質的平等の理念からして、夫が妻に対して暴力を揮うことは、旧来の因襲的道徳観から、未だ往々にして軽視されているが、これは強く否定すべきであつて、夫に粗暴、短気、酒乱の性癖があり、これがため、妻に対し、しばしば暴行傷害を加え(仮にそれが憎しみから出でるものでなくても)、妻として夫の虐待に耐えがたい場合、なお、裁判所が妻に対して斯る夫との婚姻関係の継続を強要して、夫に対する忍従を求めることは、妻の人格を無視し、その犠牲において、夫の暴力を公然是認することとなり、新憲法の精神に背くものであつて、到底これを認容できないところである。
この観点からすると、仮に、原告において妻としての態度に、多少の責むべき欠点があるとしても、被告の原告に対する前記認定の諸行為は、民法第七百七十条所定の婚姻を継続しがたい重大な事由に該当するから、原告が右事由に因り被告に対して離婚を求める本訴請求は正当であるからこれを認容する。
第二、慰藉料
本件の離婚原因は、前段認定の通りであり、その責任は挙げて被告において負うべきである。而して、原告は婦女子として右離婚に因り精神上多大の苦痛を蒙つたことが明らかであるから、被告は原告に対して、これが損害の賠償として相当額の慰藉料を支払うべき義務がある。そこで賠償額につき考えると、前顕各証拠と成立に争いない甲第三号証証人青木森太郎の供述を彼此綜合すると、原告は中流の農家に生れ、松本市立高等女学校を卒業し、更に同校専攻科において教養をつみ、被告と初婚した者であり、未だ当二十四年で再婚の希望を有つが、女子の結婚難の現社会情勢からすると、再び良縁を得ることは相当むずかしいこと。
被告は明治大学専門部法科を卒業し、海軍に入隊し、復員後、東京都内において、不動産の仲介業及び花屋等を経営し、かなりの業績をあげ、前記の通りの経緯で、原告と共にその実家に帰る際現金二十万円を所持したこと、而して、被告は訴外青木森太郎の一人息子で、早晩同訴外人の経営する旅館宝屋を相続経営する地位にあり、同訴外人は動、不動産等資産百万円相当を所有する者であること。以上これ等の事実と前記認定の離婚に至つた経緯を彼此斟酌するときは、右慰藉料は金六万円を相当とするから、原告のこの点に関する請求は右限度において正当としてこれを認容し、その余は失当として排斥する。
第三、物件の引渡
(一) 原告は、本件に於て、離婚の訴に附帯して、別紙目録記載の物件の引渡を請求する処、被告は、右請求は、人事訴訟手続法第七条に反する訴の併合である旨、異議を述べるので、この点につき考えると、右物件引渡の請求を客観的併合の場合と解すると、前記規定に依り右請求はこれを許容できない。しかし乍ら、婚姻事件においては、公益上の必要から、一面、婚姻事件に牽連しない他の訴の併合を禁止するが、他面、婚姻事件に牽連する訴の併合をなし得る範囲を、通常訴訟に比較して、一層拡張し、同一婚姻関係に基く数個の訴は、なるべく一個の訴に包括して、一挙に解決しようとする。したがつて、婚姻事件に牽連関係があり、また、格別事件の審理の集中に妨げとならない請求は、つとめてこれを包括審理することが相当である。斯る要請からすると、妻が離婚に当り、その持参金品の引渡を求める請求は、これを離婚事件に附帯することが望ましい。蓋し、右引渡の請求は、離婚事件に牽連し、それから、通常且当然に生ずる結果であるから、純然たる二個独立の訴の併合とみるよりは、離婚の訴に附帯してなす一種の申立と解すべく、しかも、本件に於ては別紙目録記載の物件が、原告の所有であることにつき、被告は争わないから、これが引渡請求の附帯を許容しても、本件離婚事件の集中審理に妨げとならないことを右理由に附加できる。
扨て、人事訴訟手続法第十五条は、離婚事件に財産分与の請求を附帯することを許容する処、夫婦の特有財産は、財産分与の直接的対象とはならないが、この制度の本質が、離婚後における妻の生活の保障にあり、また、妻の特有財産の保持につき、夫の努力が潜在的に作用することを思うならば、財産分与の請求を認容するにつき、妻の特有財産の有無、その多寡が重要な資料となるから、斯る資料も亦財産分与の間接的対象と言い得る。以上のように本件物件の引渡請求は、これを本件離婚事件に附帯すべきであり、しかも、財産分与の請求に類似する申立と解するならば、人事訴訟手続法第十五条を準用して、右請求の附帯を許容するが相当であるから、被告のこの点に関する異議は排斥する。
(二) 仍て本案につき審理すると、別紙目録記載の物件が原告の所有であること、被告において、これを現に保管していることは当事者間に争いないところであるから、原告が、その所有権に基いてする右物件の引渡請求は正当であるから、これを認容する。
第四、訴訟費用と仮執行
訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九条、第九十二条を、仮執行の宣言については、同法第百九十六条を適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 相原宏)